目次
友達と過ごして気づいたこと
- 友達が友達を作ることが難しいと悩んでいた、だから魅力を伝えたら、恥ずかしがらずに素直に伝えてくれることを喜ばれた。
- お返しに伝えてもらった言葉も嬉しかった。
- 近況を伝えた時に、言われた言葉が嬉しかった気がする。でも、素直がいい方向にも悪い方向にも出ることもあるのかも。もっと気楽にいきたい。
- 受け入れてもらえる安心感ってこれかあを実感した。
- 振り返ってみて、今回会った友達含めて友達のいいところを取り入れてきたんだなと、いい友達に恵まれてきたなとしみじみ。
自分のことについて
- 完璧主義、意識高くありたいが強いなと改めて
- 素直が悪い方向に出るのかも、例えばインプットしすぎて全部取り入れようとする。相手の要望に応えたい、全部応えようとしてしまう。背負わなくていい荷物背負おうとしてしまう。
- 小さく満足感を積み上げる、自分でゴールをいくつか決めないといつまでも苦しい。そのゴールを決める計画が苦手だから人に頼るといいのかも。
- 好意の返報性をやりすぎていたかもしれない。これも背負わなくていい荷物を背負うとしてしまうのと同じ。
- 言葉を気にしすぎるところがある、言葉には責任があるというのがまだ出てくる。
- 素直に伝えられるのは、相手が安心できる人だからかもしれない。
- 解釈しすぎて落ち込む
家族とのこと
- 母親にずっと心にあったことを伝えた
- 伝えたらすっと楽になった
- 親にすら遠慮していたんだなと気づいた
- 家族にも遠慮している、言語化できないことでいつも悩んでいる
- ブログに書くことで記憶力が上がっていけば、言語化できるようになるかな
帰省中の振り返り
気づいたことをこのようなカタチで残すことで、少し記憶力戻っているかもしれない
でも先日自分で書いた記事が少しポロポロ記憶から漏れていて、読み直さないとだめなときがある。AIが考えた文章ではなく、自分で考えた文章なのに…やっぱり脳神経内科に行ったほうがいいのだろうか。
言葉にする習慣が育ってきてるかも
一日一日があっという間だな
帰宅したらこの記事はまとめなおす
寝て起きて感じたこと
- 親の役に立ちたいから、子供の頃からなんでもやってきたのかもしれない
- 親といるより友達といる方が楽なのは、責任を取らなくていいからかもしれない
- 親の愚痴は、話題提供やストレス発散だと気づいた
- 相手のことを考えているつもりで、自分の聞きたくないが強かった
- 悪い話をする人がやっぱり苦手なんだなと改めて気づいた
帰省中も考えていたこと
自己的なところもあると思う
夫のために何ができるかを考えている
人のためにという気持ちがある一方、求められることの大きさが苦しいのかもしれない
できないことを求められているわけではないが、何かが重い
帰省最終日の夜に思うこと
頑張りきれなかった、成果出せなかったという後悔が強い
このままでは終わりたくないという気持ちがある
セルフイメージのどこかに「頑張っても無理」「自分はできない」があるかもしれない
頑張ってると思っても、相手の望む方向じゃないとわかってるから辛い
自分一人で考えると詰まる、でも誰にどう話せばいいかわからない
親や夫には負担になるから言えないと思ってしまうし、先に他人に話す場が必要かもしれない、ひとまずコーチかなあ
